東京地方裁判所 平成10年(ワ)3238号 判決
原告 住友商事株式会社
右代表者代表取締役 宮原賢次
右訴訟代理人弁護士 西迪雄
同 向井千杉
同 富田美栄子
被告 A
右訴訟代理人弁護士 関根栄郷
同 三宅裕
同 吉木徹
被告 B
被告 株式会社X
右代表者代表取締役 B
右両名訴訟代理人弁護士 馬上融
同 榎本武光
同 鳴尾節夫
主文
一 被告らは、原告に対し、連帯して金七億三八四一万円及びこれに対する、被告Aについては平成一〇年二月二七日から、被告Bについては平成一〇年二月二八日から、被告株式会社Xについては平成一〇年三月三日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告らの負担とする。
三 この判決は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
主文同旨
第二事案の概要
一 本件は、原告の従業員であった被告A(以下「被告A」という。)が、平成三年一一月から平成六年七月までの間に、合計八回、銅地金ブローカーにおける原告名義の口座から被告B(以下「被告B」という。)が代表者である被告株式会社X(以下「被告X」という。)名義の口座への振替送金を行い、合計七三八万四一四九米ドル七六セント(以下、米ドルは単に「ドル」と表記し、セントは小数点以下で表記する。)を不法に領得して原告に同額の損害を与えたとして、原告が、被告Aに対しては雇用契約上の債務不履行又は不法行為により、被告Bに対しては被告Aの領得行為に加担したとして不法行為により、被告Xに対しては代表者被告Bがその職務を行うにつきなしたものとして不法行為により、連帯して、右損害額を一ドル当たり一〇〇円の為替交換レートで換算した金額の一部である七億三八四一万円及び各債務不履行又は不法行為の後である各訴状送達の日の翌日から支払済みまでの遅延損害金の支払を請求した事案である。
二 争いのない事実
1 原告は、銅地金等の非鉄金属を含む各種物資の輸出入、販売等を目的とする総合商社である。
2 被告Aは、昭和四五年四月に原告に入社し、昭和四八年四月に当時の非鉄金属本部東京非鉄金属第一部銅地金金属課に配属されて以来、一貫して銅の取引業務を担当し、昭和五六年四月に東京非鉄金属第一部における銅地金チームのサブリーダー、昭和六二年八月に非鉄地金・原料部における銅地金チームのチームリーダー、平成四年一〇月に非鉄金属部における銅・鉛・亜鉛地金チームのチームリーダー、平成五年一二月に非鉄金属部次長兼ディーリングチームのチームリーダーをそれぞれ経て、平成七年一月に非鉄金属部長兼ディーリングチームのチームリーダーとなった。被告Aは、原告在職期間中、その銅地金市場における取扱量の多さから、「五パーセントの男」、「世界的トレーダー」等の評価を得ていたが、在職中の一連の銅地金不正取引の発覚により、平成八年六月一四日付けで原告を懲戒解雇された。
3 被告Bは、昭和四一年四月に原告に入社し、昭和四七年ころから昭和五〇年ころにかけてと、昭和五七年ころから昭和六二年ころにかけての二度にわたって、銅の取引業務に従事し、昭和五九年ころに銅地金チームのチームリーダーとなったが、その際、当時銅地金チームのサブリーダーであった被告Aが部下として在職していた。その後、被告Bは、昭和六二年七月三一日付けで原告を退社し、同年九月、非鉄金属の売買、仲介等の営業を行うため、コンサルタント会社である被告Xを設立してその代表取締役に就任し、以来引き続き、その代表取締役の地位にある。
4 原告は、銅地金の取引に関し、銅の生産業者等から銅地金を購入し、これを需要者に売り渡すという実需取引を行うことを基本としていたが、銅地金が価格変動の激しい商品であることから、実需取引における価格変動のリスクをヘッジする等の目的のため、ロンドン金属取引所(以下「LME」という。)等の海外先物取引所において、銅地金の先物取引やオプション取引など現物を扱わない取引(以下「ディーリング取引」という。)をも行っていた。
原告においては、銅地金取引に関して、取引限度枠等による社内規制が設けられていた。
5 被告Aは、別紙第一(振替一覧)記載のとおり、平成三年一一月二一日から平成六年七月二一日までの間、合計八回、日付欄記載の各日ころ、振替元ブローカー欄記載の銅地金ブローカーであるリーマン・ブラザーズ・コモディティーズ・リミテッド(以下「リーマン」という。)、クレディ・リオーネ・ラウス(以下「クレディ・リオーネ」という。)及びメリルリンチ・ピアーズ・フェナー・アンド・スミス・リミテッド(以下「メリルリンチ」という。)の原告名義の各顧客勘定口座から、同じく銅地金ブローカーであるブランダイス・リミテッド(以下「ブランダイス」という。)の原告名義の顧客勘定口座(以下「本件原告口座」という。)を経由して、ブランダイスにおける被告X名義の顧客勘定口座(以下「本件X口座」という。)に、金額欄記載の各金額(合計七三八万四一四九・七六ドル)を振り替えた(以下、同表第一振替ないし第八振替を「本件各振替」という。)。
6 右各金員は、その後、一部はスイス・ユニオン銀行(以下「UBS」という。)のチューリッヒ本店における被告Bの口座にドル又は円で移し替えられ、さらに、その一部が同本店における被告Aの口座にドル又は円で移し替えられた後、被告Bらによって引き出され、日本国内に持ち込まれた。
三 争点
1 本件各振替は被告Aの不法な領得行為であるか(本件各振替は、被告Aが、被告Xから委託を受けた銅の受託ディーリング取引の清算分として支払ったものであるかどうか。)。
2 本件各振替が被告Aの不法な領得行為であった場合、被告B及び被告Xは不法行為責任を負うか。
3 被告B及び被告Xが不法行為責任を負う場合、過失相殺すべきか。
四 争点についての主張
1 争点1(本件各振替は被告Aの不法な領得行為であるか)について
(一) 原告の主張
(1) 被告Aは、本件各振替にかかる金員が原告の資産に帰属すべきものであるにもかかわらず、権限なく本件各振替を行い、原告の資産に帰属すべき金員を自己が費消する等の目的のために不法に領得して原告に損害を与えたものであるので、原告に対し、雇用契約上の債務不履行又は不法行為による損害賠償責任を負う。
(2) 被告Aは、後記被告Aの主張のとおり、本件各振替は、被告Xが被告Aを介して原告に対して銅のディーリング取引を委託したことを受け、被告Aが、被告Xのために銅のディーリング取引を行い、その取引についての利益を被告Xに支払ったものであり、被告Aが不法に領得したものではない旨主張し、被告B及び被告Xも、後記被告B及び被告Xの主張のとおり、被告Xは、本件各振替による金員を正当な取引により得たものであり、被告Aに加担した領得行為はない旨主張する。しかしながら、被告らの右主張は、以下のとおり不自然、不合理なものであり、被告Xが被告Aに対して銅地金のディーリング取引を委託した事実はなく、本件各振替は、被告Aが被告Xの委託を受けて行ったディーリング取引に基づく利益の支払ではない。
<1> 被告Aが被告Xから依頼書や確認書等を一切徴していないのは、銅地金の受託取引の常識としてはおよそ想定できない。すなわち、銅地金等は特に価格変動の激しい商品であるため、委託者との後日のトラブルを避けるため、受託内容等を書面で確認するのが当然であり、このことは、被告Aが取引をしたというLMEにおける注文が電話でなされるとしても、変わりはない。現に、原告は、他社との正規の受託取引ではその都度取引確認書等を徴している。
<2> 被告Aが、一連の銅地金不正取引全体では累積損失を増大させ、平成八年六月ころの時点においては、損失額は約一四億ドルに達していたにもかかわらず、被告Xとの受託取引では利益のみが発生したということは経験則に反する。
<3> 被告Aが被告Xに振替送金した七億数千万円に相当する金員のうち、少なくともその約三割にあたる二億数千万円に相当する金員が被告Aに還流しているが、利益の三割にも相当する高額な報酬を支払うということは、商取引上あり得ない。
<4> 被告Aは、UBSの本店(チューリッヒ)に、平成四年三月にはドル口座を、平成四年一二月には円口座をそれぞれ保有し、右二億数千万円に相当する金員の支払を受け、香港又はロンドンでUBS本店の口座から引き出した金員を日本国内に持ち込んだが、当時の外国為替及び外国貿易管理法、外国為替管理令、外国為替の管理に関する省令、大蔵省告示により必要とされていた大蔵大臣の許可は受けておらず、右各法令を無視しており、右各行為から、右搬入した金員が違法な性質を有するものであったことが窺われる。
<5> 被告Aが被告Xの委託を受けて行った受託取引であると主張する別紙第二(取引一覧)記載の各取引は、被告Aが一連の簿外取引の手控えとして作成していたノート(以下「Aノート」という。)の錯綜した記載からは識別困難である。被告Aとしては、刑事第一審手続中にも検察官から取引を具体的に特定するよう求められたにもかかわらず何ら特定せずに推移しており、保釈中に判明すれば有利になる事情を、身柄拘束中であった本件民事訴訟中に識別できたというのは、経験則上考えられない。被告Aは、真実はAノートに被告Xの受託取引に関する記載は全く存しないのに、原告主張の金員領得日及び領得額に見合うよう、Aノートの記載の中から適当に取引を選び出したにすぎない。
<6> 被告Aは、被告Xの委託に基づき別紙第二(取引一覧)記載の各取引を行った旨主張するが、右主張中、別紙第二記載2ないし4のうちの益出しのための先物の購入取引のAノートの記載部分を指摘していないこと、第一及び第二振替の金額と別紙第二記載1の取引の利益の金額とが一致していないこと、第四振替の原因となる取引は特定できていないこと等、不合理な点が多い。また、Aノートにはり付けられたメモには、「St」、「Sho」及び「mi」という記載があり、被告Aは、それぞれ「接待」、「諸経費」及び「雑費」を意味すると主張するが、それらの意味内容は重複するものといえ、不自然である。さらに、被告Aの主張は、同被告の刑事第一審手続における供述及び被告Bの証言とは齟齬があり、被告Aの主張は全く信用できない。
<7> 被告Aの主張する別紙第二(取引一覧)記載の各取引のうちには、原告の帳簿上に簿内取引として記載されて原告に入金処理されているものが一部含まれているが、原告の簿内に入金処理された銅地金取引にかかる金員が、同時に被告Xの委託を受けて行った受託取引によって得られた利益に該当して被告Aから被告Xに振替送金されるということはあり得ない。すなわち、第一及び第二振替の原因となった取引であると被告Aが主張する別紙第二(取引一覧)記載1のうち、<1>、<3>、<4>、<5>の各取引のプレミアム(オプション売買にかかる代金)に相当する金員は、それぞれ、各オプションの売りを行ったとされるころの日付をもって、先物取引の実行による利益という名目で、原告の帳簿上の取引(いわゆる簿内取引)として記載され、かつ、原告に入金処理されている。一方、Aノートには、原告の帳簿に計上されている右先物取引に対応する記載は見いだすことができない。
(二) 被告Aの主張
(1) 本件各振替は、被告Xが被告Aを介して原告に対し銅のディーリング取引を委託したことを受けて、被告Aが、被告Xのために銅のディーリング取引を行い、その取引についての利益を被告Xに支払ったものであり、被告Aが不法に領得したものではない。
(2) 被告Aが被告Xの委託を受けて被告Xのために行った銅取引は、別紙第二(取引一覧)記載のとおりである。また、被告Aが一連の簿外取引の手控えとして作成していたAノートとの対応関係も、同別紙記載のとおりである。
(3) 原告は、前記原告の主張(2) の<1>ないし<7>記載の事情をあげて、被告らの主張は不自然、不合理なものであり、被告Xが被告Aに対して銅地金のディーリング取引を委託した事実はなく、本件各振替は、被告Aが被告Xの委託を受けて行ったディーリング取引に基づく利益ではない旨主張するが、以下の<1>ないし<6>記載のとおり、原告の主張には理由がない。
<1> 被告ら主張の受託取引は、正規の取引ではなく簿外取引であったので、被告Aは、被告Xから依頼書や確認書を徴さなかったのである。
<2> 一連の銅地金不正取引全体と、被告Xからの委託に基づく受託取引は、規模が桁違いに違い、比較はできない。実際、平成四年には、原告においても損失額が減少し、利益も出ている。
<3> 被告Bが被告Aに対して支払った金員は、すべて被告Aの技量によって被告Xに利益が生じたことに対する謝礼であって、通常の手数料ではない。
<4> 被告Aの刑事第一審手続では、被告Xとの関係のみが問題となったのではなく、被告Aとしては、本件の受託取引の特定について時間を大幅に費やせるようになったのは、刑事第一審手続の論告、弁論の後であり、また、本件民事訴訟の提起によって新たな必要が生じたのである。
<5> 被告Aが、別紙第二(取引一覧)においてもすべての取引の特定を主張できていないのは、他の資料がなくてそもそも特定が困難だからであり、時間と金額から記憶を喚起するしかないからである。また、メモの「St」等の記載については、原告で認められた交際費では足りなかったからである。
<6> 原告は、別紙第二(取引一覧)記載の各取引のうちには、原告の帳簿上に簿内取引として記載されて原告に入金処理されているものが一部含まれている旨主張するが、原告の指摘する各簿内取引は、それがなぜ別紙第二記載1の各取引と一致するのか、理由が示されなければならない。原告の主張は、金額が一致するものも複数の取引の対比といったものが多く、金額を合わせているにすぎない。実際には存在した取引でも、Aノートに記載されない場合があり、また、LMEチェックリストに記載されていても実際には存在しない取引もある。簿内の利益は表面上のもので、その内訳はいわばどうとでもできたのが実情であり、簿内に記載された各取引は、利益額が存在した取引と対応していたものの、取引の種類については事実と異なることもしばしばあった。
(三) 被告B及び被告Xの主張
(1) 被告Xは、本件各振替による金員を原告との正当な取引により得たものであり、被告Aに加担して不法な領得行為をした事実はない。
(2) 原告は被告Aが隠し口座を開設していたごとく主張するが、複数の口座があるとするなら被告Aと取引会社が通謀して原告にその口座の存在を知らせなかったこととなるが、そのようなことはあり得ない。よって、原告は、本件各振替を知っていたはずであり、仮にこれを知らなかったとしても重過失があり知っていたことと同視すべきであるから、本件各振替は、不法な領得行為ではない。
2 争点2(被告B及び被告Xの不法行為責任)について
(一) 原告の主張
(1) 被告Bは、原告における銅取引の実情等を熟知し、被告Xの代表者として被告Aによる領得行為に加担し、これを共同で行ったものであるから、原告に対し、不法行為による損害賠償責任を負う。
(2) 被告Xは、代表取締役である被告Bがその職務執行として右不法行為を行ったものであるから、原告に対し、民法四四条による損害賠償責任を負う。
(3) 被告らの原告に対する損害賠償責任は、不真正連帯の関係にある。
(4) 被告B及び被告Xは、後記(二)(2) 記載のとおり、被告B及び被告Xは被告Aの行為について故意も過失もないので、不法行為責任を負わない旨主張するが、被告Bは、昭和六二年七月に原告を退社するまで、被告Aの前任者の地位にあったのであるから、その立場上、受託取引をする上での原告内部での審査手続、委託を受ける会社の規模の制限、基本契約書の締結等の必要とされる諸手続を承知していたはずであるところ、被告Xの受託取引に関する右関係諸手続は一切行われていなかったのであるから、被告Bがかかる取引を正常な取引であると信じることはあり得ない。また、被告Bは、原告に在職中、被告Aと共同して不正な銅地金取引を行っていたのであり、それから四年しか経過していない本件領得行為当時、不正な銅地金取引の実情は承知していたものである。したがって、被告Bは、被告Xの代表取締役として、本件各振替の資金が原告の資産に属するものであることは十分に認識していたものである。
(二) 被告B及び被告Xの主張
(1) 本件の受託取引は、被告Xと被告Aを介した原告との法人間の取引であり、被告B個人は関係がない。
(2) 被告Xは、被告Aの簿外取引は全く知らず、原告の銅取引の中心的存在である被告Aを信頼してLME取引を任せたのであり、取得した利益は正当なものであると信じたことについて何ら落ち度はない。よって、仮に被告Aの不法な領得行為があったとしても、被告B及び被告Xは、被告Aの行為について故意も過失もない。
すなわち、被告Bが原告に在職していた当時、原告においては、取引にかかわるものはすべて管理部門が決裁していた。したがって、被告Xは、本件各振替についても、右原告の内部手続を経た上でなされるものであって、被告A個人の判断でできるものではないと考えており、本件各振替は原告が了承したものであると信じており、かつそう信じるのは当然である。
(3) 被告Xは、当時LMEマーケットにおいて、原告がLME在庫の積極的かつ大量の売買をすることによりLME価格に大きな影響を与えているといわれていたので、銅取引の中心となっていた被告AにLME取引をしてもらえば利益を出してもらえると考え、被告Aを介して取引をするようになった。この当時の被告Aは、LMEの有数のプレイヤーであり、被告Aのコメント次第でLMEマーケットが影響を受けるといわれており、被告Aを信頼して利益が出ている限りオペレーションの実態には細かい口出しはしなかった。被告Bが原告を退社してから、被告Aの名声は銅業界で高まり、原告社内でも高く評価されていた。そして、被告Aの評判から、被告Bが原告に在職していた当時の銅部門の損失は既に補填され、多大の利益が出ているものと思っていた。このような状況下、被告B及び被告Xが被告Aを介した取引について何ら疑問も持たなかったことに何ら落ち度はない。
(4) 原告は、被告Aが秘密口座を開設していたごとく主張するが、被告Xは、原告の口座が複数存在するなどと考えることはできなかったものである。複数の口座があるとするならば、被告Aと取引会社が通謀して原告にその口座の存在を知らせなかったことになる。そのようなことはあり得ないばかりか、被告Xにおいては考えも及ばないことである。
3 争点3(過失相殺)について
(一) 被告B及び被告Xの主張
被告B及び被告Xが不法行為責任を負うとしても、その過失は軽微なものであり、被告Aの不法な領得行為を発見することができなかった原告の過失の比ではなく、少なくとも請求金額の九〇パーセント以上過失相殺されるべきである。
(二) 原告の主張
被告Aは、極めて巧妙な手段を弄して銅地金の不正取引を継続し、本件各振替はその過程において被告Aらによって巧妙に実行されたものであったから、原告は、被告Aの行った銅地金の不正取引によって被った被害の実態について調査、分析を加えてはいたものの、被告Aに対する銅地金の不正取引関連の刑事手続の進捗を待って初めてこれを掌握するに至ったものであり、かかる本件各振替の発覚の経緯に照らせば、原告には、被告Aらの行った本件各振替によって損害を被ったことについて過失はない。また、そもそも、被告Aらは、故意によって本件領得行為を行ったのであり、それにもかかわらず領得されたことをもって被害者たる原告にも過失があるとして過失相殺の主張をするのは、公平の観念に反し、主張自体失当である。
第三争点に対する判断
一 争点1(本件各振替は被告Aの不法な領得行為であるか)について
1 甲第一、第四、第一二号証、第一五号証の一、四ないし六、第一六、第一七号証の各一ないし三、乙第七号証、丙第一、第一二ないし第二〇号証、証人清島隆之の証言、被告A本人尋問の結果、被告B本人兼被告X代表者(以下「被告B本人」という。)尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 原告における銅地金取引に対する社内規制と実情
(1) 原告における銅地金の取引は、銅地金の現物を扱う実需取引を原則としていたが、銅地金の先物取引やオプション取引など、銅地金の現物を扱わないディーリング取引は、実需取引に対応して、その価格変動等による損失を回避するというリスクヘッジを目的として行う場合(以下「実需対応型」という。)にのみ認められ、その場合であっても、金額等の承認条件を超える取引については、個別に社長等の決裁を経て認められることとなっていた。他方、ディーリング取引のうち、実需取引に対応せず、リスクヘッジを目的とせず、専ら価格変動による利益をもくろむ投機を目的とする場合(以下「実需非対応型」という。)は、金額の多寡にかかわらず認められていなかった。
(2) ディーリング取引については、顧客の委託に基づき、そのリスク、損益負担で実施する受託取引をするにあたっては、その危険の大きさから、取引先は、原告と銅地金の取引があり、契約の履行に信頼がおける企業に限定され、原告が銅取引の委託を受けていたのは住友金属鉱山株式会社、住友電気工業株式会社、住友軽金属工業株式会社、古河電気工業株式会社等の信用力の高い大企業が多かった。
(3) 取引の委託を受ける際には、委託の有無や内容に関する後日の紛争を避けるため、委託者との間で基本契約書等を作成すべき旨、また、受託取引実施後に金額、数量、期日等をファックス等の書面で確認すべき旨を審査部が指導していたほか、受託取引により委託者が負担すべき金員に対する担保として、受託取引に先立って、委託者から保証金、前渡金又は前受金(以下「保証金等」という。)という名目で金員を徴求する場合があった。被告Aが非鉄金属部次長ないし部長兼ディーリングチームのチームリーダーの地位にあった平成六年一一月ころには、被告Bが経営するパシフィック・トレーダーズ株式会社(以下「パシフィック」という。)が、原告に対し電気銅の実需取引を委託する際には、電気銅成約御確認の件と題する書面を差し入れ、平成八年ころ、パシフィック及び被告Xが原告に対し電気銅の実需取引を委託した際には、原告とパシフィック又は被告Xとの間で売買契約書が作成されていたほか、パシフィックは、平成六年一一月ころ及び平成七年四月ころ、原告に対し保証金として三五〇〇万円及び二〇〇〇万円を差し入れ、被告Xも、平成八年三月ころ、原告に対し前受金を差し入れており、また、被告Xは、ディーリング取引を委託している兼松株式会社に対し、保証金を差し入れていた。
(二) 被告Aらによる簿外取引
(1) 被告Bは昭和四一年四月に、被告Aは昭和四五年四月に、それぞれ原告に入社したが、右両被告は、昭和五九年ころから昭和六二年七月ころまでの間、被告Bが銅地金チームのチームリーダー、被告Aが同チームのサブリーダーという関係で、共に銅地金チーム内で責任ある立場の者として綿密に打ち合わせをしながら、銅地金取引業務に従事していた。
(2) 銅地金チームは、昭和四八年三月期ころまでは実需取引の利益によって黒字を出していたが、その後約一〇年間にわたって構造的な実需取引の不振などにより赤字を出し続け、昭和六〇年三月期に一時的に実需取引で利益を上げて黒字を出したものの、翌期には再び約一〇億円の赤字が出る見込みとなった。そこで、昭和六〇年夏ころ、当時チームリーダーであった被告Bとサブリーダーであった被告Aは、相談の上、実需取引の赤字を補うため、原告では認められていなかったことを承知で、投機目的の実需非対応型のLME先物取引を開始することとした。
(3) 被告Bと被告Aは、互いに別個のブローカーを取引相手としながらも(被告Bは主にルドルフ・ウォルフを、被告Aは主にリーマンとジェラルドを取引相手としていた。)、相場動向などを盛んに話し合い、統一的な戦略のもとに、LMEでの実需非対応型の先物取引を続けた。しかし、前記のとおり、原告においては、ディーリング取引は実需対応型しか認められておらず、実需非対応型は内部規定違反であり、被告Bと被告Aもそのことを認識していたので、両被告は、実需非対応型先物取引を行っていることを両被告以外の銅地金チームの上司や部下に対しては一貫して秘匿し、昭和六〇年及び昭和六一年に実施された検査役室による社内監査でも、提出書類を一部削除するなどした結果、露見を免れた。
(4) 被告B及び被告Aによる実需非対応型の先物取引により、銅地金チームの損失はさらに拡大したが、クロストレード(新たに買いと売りを両建にした取引)などの手法を使い、昭和六一年三月期には簿内では黒字を装った。
(5) 被告Bは、昭和六二年七月、上司からマニラ駐在の内示を受けたことをきっかけに、原告を退社した。この時、銅地金チームの累積赤字は、五〇億円ないし六〇億円になっていたが、正規の簿内では、黒字を装い、原告には秘匿されていた。なお、右金額は、当時の銅地金チームの年間売上高の数パーセントにあたる。
(6) 被告Bは、昭和六二年の原告退社後には海外非鉄金属向けコンサルティング業務等を行う会社である被告Xを、その後の平成四年には電気銅の現物を扱う会社であるパシフィックをそれぞれ設立し、実質的には一人で両社の経営をしていたが、両社とも銅取引に関する業務を行っていたことから、被告Bの退社後銅地金チームのチームリーダーとなった被告Aと月に一度くらいのぺースで会うなどして連絡を取り合い、銅取引に関する情報交換を行っていた。
(7) 被告Aは、被告Bの退社後も、LMEにおいて簿外により投機目的のディーリング取引を継続していたが、損失を埋めることはできなかった。被告Aは、原告に対し、簿外の取引のうち利益の出たものを中心に簿内に付け、利益が出ているように装って公表するなどして簿外取引による損失を秘匿していたが、簿外取引によって累積損失額を増大させ、被告Aが原告に対して一連の取引の実態を明らかにした平成八年六月の時点では、損失額は約一四億ドルに達していた。
(三) 本件各振替にかかる金員の流れ
(1) 本件各振替によって本件X口座に移転した各金員は、右移転後、一部はUBSのチューリッヒ本店における被告Bの口座にドル又は円で移し替えられ、さらに、その一部が同本店における被告Aの口座にドル又は円で移し替えられ、その後、被告Bらによって引き出され、日本国内に持ち込まれたことは、当事者間に争いがない。
(2) 被告Bは、平成四年三月四日ころ、UBSのチューリッヒ本店に銀行口座(口座番号六五〇四〇六、以下「B第一口座」という。)を開設し、次いで、平成四年一一月二七日ころ、同じくUBSのチューリッヒ本店に銀行口座(口座番号七五〇〇七五、以下「B第二口座」という。)を開設した。また、被告Aは、そのころ、UBSのチューリッヒ本店に銀行口座(口座番号七五〇〇七七、以下「A口座」という。)を開設した。
(3) 本件各振替によって合計七三八万四一四九・七六ドルが本件X口座に振替送金されたことを受けて、被告Bの指示により、別紙第三(金員移動一覧)の表1記載<1>ないし<3>のとおり、平成四年三月ころから同年七月ころまでの間に、合計二億五八五万六九三五円が本件X口座からB第一口座に振替送金され、次いで同表1記載<4>ないし<7>のとおり、平成五年一月ころから平成七年二月ころまでの間、合計九五三九万四一六六円及び一八五万九二八四・五一ドルが本件X口座からB第二口座に振替送金された。
(4) 右各振替を受けて、被告Bは、別紙第三の表2記載のとおり、平成四年一二月ころから平成六年八月ころまでの間に、日本円に換算して合計約二億一〇〇〇万円をA口座に振替又は入金をした。なお、原告の社内の決まりでは、従業員が関係業者から多額の金員を受け取る場合には、会社に対して届出をする必要があり、右振替又は入金はいずれも右届出を要する場合であったが、被告Aは、当時、右振替又は入金につき、原告に対し届出をしなかった。
(5) 被告Aは、右のとおりA口座に入金された金員につき、自ら出金はせず、別紙第三の表3記載<1>ないし<8>のとおり、平成五年五月ころから平成八年四月ころまでの間に被告Bに依頼し、また、同表3記載<9>のとおり、平成九年五月ころには知り合いの井上尚子に依頼して、それぞれ香港等海外のUBS支店で出金して日本国内に持ち込んでもらい、合計約一億三六八八万円をいずれも東京都内で受け取った。
2 被告らは、本件各振替は、被告Xが被告Aを介して原告にディーリング取引を委託し、被告Aが右委託に基づいて被告Xの計算で別紙第二(取引一覧)記載のとおりの銅のディーリング取引を行い、その生じた利益を被告Xに支払ったものであり、被告Aが不法に領得したものではない旨主張し、これに沿う証拠として、甲第一五号証の四、五、第一六号証の二、三、乙第七号証、丙第一、第六号証、被告A本人及び被告B本人の各供述がある。すなわち、被告A及び被告Bは、右各証拠において、被告Bは、被告Xの代表者として、被告Aに対し、平成三年夏ころ、原告にディーリング取引を委託したい旨申し込んだところ、被告Aがこれに応じたので、取引残量(オープン残)は約一万トン、損失限度額を約一億円、期間は約三か月と決めたほか、売り買いの別・金額・数量(ロット数)・決済期日という各要因については明確に規定せず、口頭の合意のみで、原告は被告Xのためにディーリング取引をすることを受託したものであり、平成六年七月ころまで、被告Aは、被告Xのために、別紙第二(取引一覧)記載のとおりの各取引をし、その利益を本件X口座に送金したのが本件各振替である旨それぞれ供述している。
しかしながら、甲第一五号証の五、第一六号証の三、乙第七号証、丙第一号証、被告A及び被告Bの各本人尋問の結果によれば、原告と被告Xとの間では、受託取引の成立、内容を記載した契約書等の文書は作成されておらず、また、取引の開始にあたって保証金その他の担保となるべき金員の支払もなされていないこと、原告では、受託取引をする場合、その手数料を徴するのはもちろん、その損益結果を計算書等の書面に整理して委託者に交付するのが通常であるのに、本件では、手数料の支払はなく、計算書等の書面も一切交付されていないことが認められ、被告ら主張の委託の事実を裏付ける客観的な証拠はない。
3 これらの点について、被告Aは、甲第一五号証の五において、契約書の点に関し、昔は、社内の管理が甘く、契約書は作らないケースが多く、その後、作るようになってきたが、大企業で全然作らない先もあり、平成三年当時は、作る場合と作らない場合がある旨、また、保証金の点に関し、実際の受託取引で保証金を受け取ったことはない旨供述し、被告Bは、甲第一六号証の三において、契約書の点に関し、この種のLME取引は口頭の合意で契約が成立するケースもあり、また、被告Bが原告在職中に銅取引の委託を受ける際、契約書を作ったケースも作らないケースもあり、ビジネスはどんどん動くので、大きい会社の場合は作っておらず、また、リスクがないケースが多い旨、また、保証金の点に関し、被告Xは、兼松に対しては保証金を入れているが、委託を受ける会社によって与信枠が異なるものであり、原告は特に被告Bを信頼していたので与信枠が大きく、原告に対しては、平成六年ころ、東日電線の取引に関して前渡金を差し入れているが、金員を差し入れるか否かはケースバイケースで決まるものであり、被告Bが原告在職時、受託取引の際保証金を取ったケースはなく、本件で被告Bが原告に対し保証金等を差し入れていなくても受託取引は存在する旨供述している。
しかしながら、甲第一五号証の四、被告Bの本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、被告X及びパシフィックは、代表者である被告Bがほとんど一人で切り盛りしているにすぎない小規模の会社であるため、原告としてはこれらの会社に与信リスクを負わせることはできず、ディーリング取引をするについて原告の承認を得ることができないことは被告A自身も理解していたことが認められ、被告Xが原告に対して実需取引を委託した際には、売買契約書が作成され、また、パシフィックが保証金を差し入れていたことは前記認定のとおりであり、右実需取引の場合以上に与信リスクが大きく、また、紛争発生の可能性も大きいディーリング取引の受託取引の場合であるのに、被告Xとの間で契約書等の文書を作成せず、また保証金等の担保を徴することなく被告ら主張のようなディーリング取引の委託を受けることは極めて不自然である。
なお、被告Aは、甲第一五号証の五において、被告らが主張する受託取引において損失が出た場合の支払については、被告Xからブローカーへのデポジットでカバーされている旨供述し、被告Bは、甲第一六号証の二において、被告Xは、ある時期、ロンドンのブランダイスに一〇〇万ドル、ルドルフ・ウォルフに一〇〇万ドルのデポジットがあった旨供述している。しかしながら、証人清島隆之の証言が指摘し、被告Bも甲第一六号証の三において認めるように、右各一〇〇万ドルは、被告Xとブランダイス又はルドルフ・ウォルフとの間の預託金であって、原告の担保となるものではないから、被告Xと原告との間に保証金等の差し入れがないことの理由にはならない。
4 また、被告Bは、甲第一六号証の二、三及びその本人尋問において、被告ら主張の銅取引の委託の存在を前提として、その損失限度額を約一〇〇万ドル、つまり取引残量(オープン残)約一万トンを目安に委託した旨供述し、被告Aは、甲第一五号証の五において、一〇〇万ドルの損失限度額というとき、通常であれば、思わぬ損失が出ても一〇〇万ドルに納まるように、八〇万ドルくらいで取引を閉じておくものであり、損失限度額は、相場動向に応じて取引量を決定するなど、個々の取引内容の決定に際しての判断要素になる旨供述し、被告ら主張の委託の具体的内容を明らかにすることによって右委託が存在したことの裏付けとしている。
しかしながら、被告Aの主張する別紙第二(取引一覧)記載の各取引内容によると、右被告らの主張する取引残量約一万トン以内で取引をするという委託内容は、遵守されていないものが多い。すなわち、被告Aの主張する第一及び第二振替の原因となったという銅オプション取引では、<1>において、当初から一万二〇〇〇トンと一万トンを上回る量で始まり、<1>から<6>までを足すと合計三万一五〇〇トンにもなる。また、第七振替の原因となったという取引では、<1>が二万トン、<2>が五〇〇〇トンである。さらに、第八振替の原因となったという取引では、満期日の同じ<1>から<12>までを足すと合計五万四〇七五トンにも上る。
この点、被告Bは、その本人尋問において、右損失限度額はあくまでも目安にすぎず、取引量決定の際には利益に対する確信の度合いが大きな要素を占め、一〇〇万トンでもそれが九九パーセント確信できるのであればそれでよく、一万トンが目安というのは、相場が一〇〇ドル動くと一〇〇万ドルになるということであるから、相場動向が一〇〇ドル動かない相場の時は、一万トンよりも多い数量も許容され、相場は急変するから取引残量を守るのがディーリング取引の常識であるとはいえない旨供述する。しかしながら、右供述によっても、右に指摘した被告Aの主張する別紙第二記載の取引内容が一万トンを大きく超えていることの合理的理由とはいえず、また当時の相場動向についても十分な証拠がなく、採用することはできない。
5 被告Aは、本件各振替について、原告が被告Xからの委託に基づいて被告Aが別紙第二(取引一覧)記載の取引を行った根拠として、右別紙第二記載の各取引は、同別紙記載のとおりAノートの記載と対応している旨主張し、これに沿う証拠として乙第一ないし第七号証、被告A本人の供述がある。
しかしながら、甲第一五号証の一ないし六、被告A本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、本件訴訟における被告Aの本人尋問に先立って実施された刑事裁判の第一審における被告Aの被告人質問においては、被告Aは、Aノートの記載の指摘はもとより、別紙第二(取引一覧)のような各取引の詳細についても供述しておらず、本件訴訟において初めて委託されたとする具体的取引の内容について主張するに至ったものであること、しかも、第四振替の原因となった取引については特定できないとしながら、被告Xのための受託取引においては、第四振替の原因となった取引の途中で何度か損失を出した以外は損失を出していない旨供述していること、また、第三及び第五振替の原因となったと主張する先物取引(別紙第二の2及び3記載のもの)に対応する利益を出すための買い戻し取引のAノートの記載部分を指摘していないこと、第六振替の原因となったと主張する先物取引(別紙第二の4記載のもの)に対応する利益を出すための買い戻し取引が特定していないこと、第一及び第二振替(九五万一〇〇〇ドルの利益に対して九二万八〇〇〇ドルの送金)、第七振替(一五二万ドルの利益に対して一四八万七九六五・二五ドルの送金)、第八振替(二四六万五七〇一・五七ドルの利益に対して二四八万五六〇ドルの送金)については、Aノートに基づいて計算される利益の額と振替送金された額の間に不一致があること等、Aノートの記載を根拠とする被告Aの主張、供述には不明瞭かつ不自然な点が多く、また、前記認定のとおり、被告Aは、原告に対し、簿外の取引のうち利益の出たものを中心に簿内に付けて利益が出ているように装って公表していたこと、甲第一三号証及び証人清島隆之の証言による別紙第二(取引一覧)記載1の<1>、<3>、<4>、<5>の各取引についての説明をも考慮すると、右のAノートの記載をもって、被告Xからの委託があったことを裏付ける客観的証拠ということは困難である。
6 しかも、右の第一及び第二振替による本件X口座の九二万八〇〇〇ドルに関し、甲第一四号証の一、二、第一六号証の二、被告Bの本人尋問の結果によれば、被告Bは、ブランダイスのビビアン・デイビスに宛てた平成三年一二月二日付け書面(英文)において、右のうちの二〇万ドルを、「この金額に当てはまるようなドル建ての(LME)の差額決済通知書を送付して下さい。当然LMEの期近価格の推移を、これらの数値が反映しているものであれば、どの日、どの価格、どのロット数を選択されても結構です。」という内容の記載をしていることが認められる。
この点、証人清島隆之の証言が指摘するように、二〇万ドルの送金を受ける計上費目が必要である場合、仮に被告ら主張のとおり第一及び第二振替が委託取引から生じた利益の支払であるならば、右利益の出た取引の指示(オペレーション)をした被告Aから明細の通知を受けるのが筋であり、かつ、その方が容易であるにもかかわらず、右のように差額決済があるかのような架空の内容の明細の作成を依頼するのは不自然である。
これに対し、被告Bは、甲第一六号証の二及びその本人尋問において、日本への送金が必要であったが被告Aは忙しくて連絡が取れないことが多かったのでビビアン・デイビスへの依頼をしたが、右依頼は、それほど深刻ではなく、気軽な感じで行い、コンサルタント料名目でもよかったので必要もなかった等縷々供述するが、ブランダイスが日本に送金した名目はヘッジセツルメントであったにもかかわらず被告Xの公表帳簿ではコンサルタント料とした等とも供述し、にわかには信用することができない。
7 さらに、被告Bは、前記認定のとおり、平成四年一二月ころから平成六年八月ころまでの間に、日本円に換算すると合計約二億一〇〇〇万円に相当する金員を、A口座に振替又は入金する方法で被告Aに支払っており、この金員は、本件各振替で本件X口座に振り替えられた約七億三八四一万円の四分の一を超える金額であるところ、被告A及び被告Bは、甲第一五号証の四、五、第一六号証の二、三、丙第六号証、被告A本人及び被告B本人の各供述において、右のような振替及び入金をしたのは、被告Aが、被告Bのために、被告Xの出版物(英文情報誌)を原告において年間約一〇〇万円で購入したこと、原告の取引会社に対し右出版物購読を依頼したり被告Bとの取引を勧めたりしたこと、右出版物の取材に協力して情報を提供したこと、受託取引について適切なアドバイスをして利益を出したことに対する謝礼である旨、また、被告Bは、右金額は現時点では多額といえるとしても、当時は、被告Xやパシフィックの経常利益が合計で一億円を超えていたことや、多忙であったことを理由に、多額であるとの認識はなかった旨供述するが、これらの理由を考慮しても、前記の金員は、その額及び被告Xが取得したとされる利益と対比する限り、報酬の額としては不相当に高額なものである。
また、右のような額が報酬とされた経緯についての被告Aの供述ないし甲第一五号証の四、五の供述記載は、被告Bから提示があって決まり、金額を決めた理由は分からないというものであったり、勝手に半分ぐらいもらえると思った、というものであって、多額の金員が授受される際の経緯としては極めてあいまいであり不自然である。
さらに、乙第一号証には、44について、stに10、BNKに10、shoに4、yokoに10、miに5、LVに5と分配する旨の記載があり、被告Aの本人尋問によると、これらは、被告Xの受託取引から得られる利益の半分を謝礼として受け取るという試算により、受け取るつもりであった六一〇〇万円の謝礼のうちの四四〇〇万円を分配する計算をしたものであると説明しているが、st、sho、miの意味の説明には相互に重複すると思われるものが含まれるなど、不合理である。
8 本件各振替のなされた最中である平成四年ころ、被告B及び被告Aは、UBSのチューリッヒ本店に、相次いで口座を開設し(B第一口座、B第二口座、A口座)、平成四年から平成九年の間、右各口座において、被告A及び被告Bは、本件各振替にかかる金員を順次振替等により送金し、一回の送金額は一〇〇〇万円以上で、多くは三〇〇〇万円を超え、また、被告Bは、被告Aの依頼を受けて、A口座から出金して、一回あたり一〇〇〇万円から二〇〇〇万円の現金を日本に持ち込んだことは前記認定のとおりであるが、平成九年法律第五九号による改正前の外国為替及び外国貿易管理法(以下「外為法」という。)二〇条一号、二一条一項一号によると、日本居住者が海外に預金口座を開設するには、大蔵大臣の許可を受けることが必要とされており、当時の外国為替管理令一〇条三項二号、外国為替の管理に関する省令一五条一項、同別表第一の二のレによれば、外国為替公認銀行を通じて対価が決済された外貨預金で残高が一定額(平成二年七月から平成六年二月までは三〇〇〇万円、平成六年三月から平成八年三月までは一億円)以下のものについては、大蔵大臣の許可は不要とされていたが、円貨預金については、例外規定が設けられておらず、また、外為法一八条一項、外国為替管理令八条一項、昭和五五年一一月二八日大蔵省告示第一一七号「大蔵大臣の許可を受けなければならない支払又は支払の受領及び支払手段等の輸出又は輸入を指定する件」によると、円貨の日本国への輸入については、五〇〇万円を超える場合は、携帯輸入の方法によるときを除き、大蔵大臣の許可を要するものとされていたのであるから、被告A及び被告Bは、右各口座についての振替、入金、被告Aの委託に基づく現金持込みについては、少なくとも円貨預金については大蔵大臣の許可を得る必要があり、その他についても大蔵大臣の許可を必要とする可能性があるものが含まれていたにもかかわらず、許可を得るための許可の申請を一切していない。そして、前記認定の被告Bの経歴、甲第一五号証の四及び弁論の全趣旨によれば、被告A及び被告Bは、大蔵大臣の許可を必要とすることを当時認識していたと推認することができる。
被告ら主張のとおり、本件各振替が受託取引から生じた利益の支払であり、前項記載の金員の移動が被告Xから被告Aへの正当な謝礼の支払であるならば、外為法で要求されている大蔵大臣の許可を受けるべきであり、これを受けないのは不自然であり、右外為法に抵触する可能性をおしてまで振替、入金及び現金持込みを行ったのは、振替、入金及び持込みにかかる金員が、適法な金員ではなく、日本国内での振替、出金及び日本国内への持込みをするには不都合であったことを窺わせる。
なお、この点につき、甲第一五号証の四によると、被告Aは、外為法に違反するようなことをした理由は、特に今となってははっきり説明できない旨供述しており、右不自然さは説明できていない。
また、甲第一六号証の三によると、被告Bは、右口座開設当時、外為法違反であることは認識していなかった旨供述しているが、前記認定のとおり、被告Bは、原告在職時、銅地金チームのチームリーダーという責任ある立場で、海外とのディーリング取引等を頻繁に行っており、海外との取引に関する基本的な法律である外為法に抵触する可能性につき認識していなかったというのは、にわかには信用できない。
9 以上のとおり、被告Xが被告Aを介して原告に委託したと被告らが主張する銅地金のディーリング取引は、その危険の大きさから、原告の基本的立場としては実需取引のリスクヘッジを目的にする場合にのみ認められ、社長決裁等を要する取引限度枠も設けられており、基本契約書等の書面を作成せず、また担保となるべき保証金等の徴収もしない形での取引が是認されていたのは、その企業規模や取引実績などから信用性に問題がないと見られていた少数の限定された企業であり、その場合でも、個々の取引にあたっては発注の確認書や精算書等の書面を作成して後日の紛争に備えるべきことが指導されていたのに、被告ら主張の取引においては、被告Xの企業規模からすれば右のような例外的な扱いが是認される場合ではないにもかかわらず、基本契約書等の作成、保証金等の納付、手数料の支払、精算書の交付がなされておらず、また損失限度額の設定もないなど、被告らの主張、供述する取引内容は通常の取引形態とはかけ離れた内容になっているばかりでなく、これを裏付ける客観的証拠もない。むしろ、被告Bは、決済名目について、ブランダイスのビビアン・デイビスに対して不自然な依頼をしている。また、原告における銅地金のディーリング取引においては、被告Bが関与していた時期から既に多大な損失を出していて、被告Aがこれを引き継いだ後にもその填補をすることができず、かえってこれを増大させており、被告らが主張する取引はそのような中で始められていたにもかかわらず、被告らはこの取引においては利益が出た旨主張、供述し、Aノートをその根拠としてあげているものの、その対応関係や利益の精算(送金)の時期についての説明は十分なものではない。さらに、その利益と称する金員の移動にあたっても、あえて違法な手段をとり、被告Aに対する報酬ないし謝礼であると主張、供述する金員も、相当多額なものであり、そのような金額の金員を被告Aが受領することとなった経緯についても明確かつ合理的な説明はなされていない。
以上のような事情及び前記認定の各事実を考慮すると、被告Xが被告Aを介して原告にディーリング取引を委託し、本件各振替は右委託に基づく別紙第二(取引一覧)記載の取引の利益を被告Xに支払ったものであるという被告らの主張は、採用することはできない。
10 なお、被告B及び被告Xは、原告の主張する隠し口座の開設などはあり得ず、原告は本件各振替について知っていたはずであり、知らなかったとしても重過失があり知っていたことと同視すべきであるから、本件各振替は不法な領得行為にはあたらない旨主張するが、証人清島隆之の証言、被告Aの本人尋問の結果によれば、商社においては、「口座をもつ」とは「取引口座を持つ」こと、すなわち「取引をしている」ことを意味することがあること、原告は、別紙第一(振替一覧)記載の振替元ブローカーとの間で、右の意味での取引口座を持ってディーリング取引をしていたことは当時から認識していたが、本件各振替の存在は認識していなかったこと(なお、証人清島隆之による「当社名義の隠し口座」という表現は、この意味も含んでいるものと解される。)が認められる。そして、丙第六号証、被告B本人の供述によっても、右認定を覆すことはできず、他に被告B及び被告Xの右主張に沿う事実を認めるに足りる証拠はない。
したがって、原告は、本件各振替の行われていた当時、本件各振替について認識しておらず、そのことについて重過失があったものということもできない。
11 以上から、原告と被告Xとの間に、被告らの主張するような受託関係は認められないから、本件各振替は、正当なものということはできず、不法な領得行為であるといえる。
二 争点2(被告B及び被告Xは不法行為責任を負うか)について
1 被告Bの関与の有無
被告B及び被告Xは、本件の受託取引は、被告Xと被告Aを介した原告との法人間の取引であり、個人としての被告Bは、本件とは関係ないので、不法行為責任を負わない旨主張するが、前記認定のとおり、被告Xと原告との間には委託関係が存在しないものと認められるほか、被告A本人及び被告B本人の各供述によると、被告Xの業務に従事していたのは、代表者たる被告Bのほかは、事務のアルバイトの女性が時々いたのみであり、被告Xの対外的な業務を行う者は被告B以外にいなかったこと、被告Aが被告Xに対して連絡をとるときはすべて被告Bに連絡しており、本件各振替はすべて被告Aと被告Bとの間で打ち合わせをして決めており、それ以外の者とのやりとりで決めたことはなかったことが認められる。
また、前記一の認定事実によると、別紙第三(金員移動一覧)の各表記載の一連の金員の移動については、B第一口座又はB第二口座を経由しているほか、被告BがA口座から多額の金員を実際に出金しているなど、右一連の金員の移動について被告Bは中心的な役割を担っている。
よって、本件X口座への振替である本件各振替に関する被告Xの行為は、実際には被告Bによってなされていることが認められ、個人としての被告Bは直接の行為者として関与しており、被告B及び被告Xのこの点についての主張は採用できない。
2 被告B及び被告Xの故意、過失について
(一) 被告B及び被告Xは、被告Bは被告Aの簿外取引を全く知らず、原告における銅取引の中心人物である被告Aを信頼してLME取引を任せたのであり、取得した利益は正当なものであると信じたことについては何ら落ち度はなく、被告B及び被告Xには、被告Aの行為については故意も過失もない旨主張し、これに沿う証拠として、甲第一六号証の一、被告B本人の供述がある。すなわち、右各証拠において、被告Bは、被告Aは五パーセントの男と言われ、LMEでかなり儲けているという噂があり、また、銅地金課は原告社内で表彰されたこともあり、被告Aに対して取引を委託すれば貴重なアドバイスを受けて利益が出ると思っていた旨供述している。
(二) しかしながら、前記一認定の各事実を総合して判断すると、被告Bは、昭和六二年七月に原告を退社するまでの間、被告Aの前任者の地位にあり、委託者の計算による実需取引や実需対応型ディーリング取引を行い、さらに、被告Aと共同して原告の社内の承認を得ずに実需非対応型先物取引を行っていたのであるから、その立場及び経験上、ディーリング取引の委託を受けて受託取引をする際の原告内部での諸手続(受託文書、保証金等、計算書、手数料等)は熟知していたものというべきであるのに、本件においては、前記のとおり、右のような手続は一切行われていないのみならず、かえって、原告に対しては手数料を支払わず、被告Aに対して多額の金員を支払い、外為法違反を犯してまで振替、入金及び現金持ち込みを行い、ブランダイスのビビアン・デイビスに宛てて決済名目に関する依頼文書を送付するなどしており、被告Bは当然にこれらのことを行為当時認識していたものであるから、被告Bが、被告ら主張のような委託による実需非対応型ディーリング取引をしていたと認識することはあり得ないというべきである。
(三) よって、被告Bは、被告Aの前記不法な領得行為を認識しており、不法行為の故意があったものと認めることができ、被告B及び被告Xの前記主張は採用できない。
3 被告B及び被告Xの不法行為責任
(一) 被告Bが別紙第三(金員移動一覧)の各表記載の一連の金員の移動について中心的な役割を担っていることなどの前記各認定事実によると、本件各振替は、被告Aの単独による行為ではなく、被告Bが直接深くかかわって行われていることが強く推認され、これを覆すに足りる証拠はない。
よって、被告Bは、被告Aに加担して共同して不法な領得行為をしたものとして、不法行為責任を負うというべきである。
(二) 被告Xは、代表取締役である被告Bがその職務を行うにつき右行為をなしたものということができるから、原告に対し、商法二六一条三項、七八条二項、民法四四条一項により損害賠償責任を負うものというべきである。
三 争点3(過失相殺)について
1 被告B及び被告Xは、被告Aの領得行為を発見することができなかったことについて原告に過失があったのであるから、過失相殺すべきである旨主張する。
2 この点につき検討するに、既に述べたとおり、原告が本件各振替を知らなかったことにつき重過失がないことに加え、甲第一五号証の四、被告Aの本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、被告Aは、ブランダイスに本件各振替を委託するにあたり、被告Aの上司の署名を偽造するなど、巧妙な手段を多数用いて原告に本件各振替を隠していたこと、右巧妙な手段のために、原告は別紙第一(振替一覧)記載の振替元ブローカーにおける原告名義の口座の金員の出入り関係を調べるきっかけがなかったことが認められる。
よって、本件各振替が、被告A及び被告Bによる原告の財産の不法領得行為としてされた本件について、原告に、被告らとの関係において、被告Aらの不法な領得行為を発見、防止することができなかったことについて過失相殺すべき事情があるとまでは認められず、被告B及び被告Xの過失相殺の主張は認められない。
四 結論
以上によれば、原告が、被告らに対し、不法行為に基づき、連帯(不真正)して七億三八四一万円(本件各振替にかかる金員の各振替日における円ドル間の為替交換レート(裁判所に顕著である)で換算した円貨の合計額は、七億三八四一万円を下らないことは計算上明らかである。)及びこれに対する不法行為の後である各訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな、被告Aについては平成一〇年二月二七日から、被告Bについては同年二月二八日から、被告Xについては同年三月三日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求めた本件請求は理由がある(なお、原告の被告Aに対する請求は、不法行為責任によってすべて認められるので、債務不履行責任の有無については判断しない。)。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小泉博嗣 裁判官 齋藤憲次 裁判官 上原卓也)
別紙一~三<省略>